数時間ではなく「数日」動き続けるAI開発者が登場した背景
AWSは2025年のre:Inventで、ソフトウェア開発ライフサイクル全体を自動化することを狙った新しいAIシステム群「フロンティアエージェント」を発表しました。ポイントは、「数分で回答するチャットボット」ではなく、「数時間〜数日かけて大きな開発タスクに取り組む長時間稼働のAI」であることです。単発の質問に答えるのではなく、大きめの開発テーマを渡しておくと、自分で考え、試行錯誤しながらゴールに向かって進んでいく存在として設計されています。
今回発表されたのは、ソフトウェア開発の現場を想定した3つのエージェントです。コードを書く「Kiro」、セキュリティを担う「AWS Security Agent」、そして運用を支援する「AWS DevOps Agent」。いずれも「人間のチームメンバー」として振る舞うことを前提にした設計で、チケット管理やコードリポジトリ、ドキュメント、チャットツールなどに接続しながら、開発プロジェクトの一部を自律的に進めていきます。
従来のAIコーディング支援との決定的な違い:エージェントは「自分で動く」
GitHub CopilotやCodeWhispererのような既存のAIコーディング支援は、あくまで「開発者が手綱を握る」ことが前提でした。人間が毎回プロンプトを書き、対象のファイルを開き、タスクを細かく指示しなければ動きませんし、タスクを変えるたびにコンテキストはリセットされます。
フロンティアエージェントは、この前提を大きく変えます。組織のコードベース、設計書、チケット、チャットの履歴などを継続的に読み込み、「この課題を解決するにはどのリポジトリを、どの順番で触るべきか」を自分で判断します。マイクロサービスが十数個に分かれていても、1サービスずつ別セッションで指示する必要はなく、「この問題を解決して」と伝えるだけで、必要なリポジトリをまたいで変更を行える設計になっています。
- 自律性:タスクの分解や手順決定を自分で行う
- スケール:必要に応じて複数のエージェントを並列起動し、大規模変更に対応
- 長時間稼働:数時間〜数日かけて試行錯誤しながら解決に向かう
これら3つの特徴によって、「人が一つずつ指示するAIアシスタント」から、「大きな仕事を任せられるAIメンバー」へと性質が変わってきていると言えます。
Kiro・Security・DevOps:3つのエージェントが分担する開発ライフサイクル
まず開発者向けの「Kiro」は、バーチャルなソフトウェアエンジニアとして振る舞うエージェントです。GitHubやJira、Slack、社内ドキュメントに接続し、過去のプルリクエストやコードレビュー、技術議論からチームの「書き方」や「暗黙知」を学びます。そのうえで、タスクを割り当てると、コード修正やテスト追加、プルリクの下書き作成までを自動で進め、人間のレビューが必要になったタイミングで知らせる、というイメージです。
「AWS Security Agent」は、設計書やプルリクを自動でレビューし、組織のセキュリティ基準に照らして問題点を洗い出します。従来は数週間かかることもあったペネトレーションテストを、数時間レベルのオンデマンド作業に近づけることを目指しており、すでに一部の企業では、従来ツールでは検知しにくかったビジネスロジックの不備を見つけた事例も報告されています。
「AWS DevOps Agent」は、CloudWatchやDatadog、Dynatrace、New Relic、Splunkなどの監視基盤と連携し、インシデント発生時に常駐のDevOpsエンジニアのように振る舞うエージェントです。複雑なネットワークや認証のトラブルを再現した検証では、熟練エンジニアが数時間かけて行う原因特定を、15分未満でやり切ったという事例も示されています。
暴走させないための仕組み:学習ログと人間の最終責任
「数日間自律的に動くAI」と聞くと、やはり心配になるのが暴走リスクです。AWSはこの点に対して、いくつかのガードレールを用意しています。まず、エージェントが蓄積した知識や学習内容はログとして可視化され、どの情報をもとにどの判断をしたのかを後から確認できます。もしチーム内の誤情報などを学習してしまった場合も、その部分だけを「忘れさせる」ように、知識を個別に削除できる仕組みが用意されています。
さらに、エージェントの活動はリアルタイムでモニタリングでき、問題があれば人間が途中で介入して方向修正したり、作業を止めたりできます。最も重要なのは、エージェントが直接本番環境にコードをデプロイしないという前提が守られていることです。最終的にどのコードを本番に反映するかの判断と責任は、あくまで人間のエンジニアに残されており、「AIに任せきりにしない」ラインを明確にしている点は安心材料と言えるでしょう。
ソフトウェアエンジニアの仕事はどう変わるのか
こうした話を聞くと、「エンジニアの仕事がなくなるのでは?」という不安も自然に湧いてきます。ただ、AWS側は「エージェントが人間を置き換える」というより、「仕事のやり方が変わる」と捉えています。ソフトウェア開発はもともと「職人技」の要素が強く、今後は「エージェントをどう設計し、どう活かすか」もその職人技の一部になっていく、という見方です。
実際に、これまで現場から離れていたシニアエンジニアが、エージェントを活用することで再び大量のコードを書けるようになった、という社内事例も紹介されています。また、従来なら18カ月かかると見積もられていたプロジェクトを、エージェントを活用することで78日で完了させたケースもあったとされています。重要なのは、単にAIを導入することではなく、「コードベースの整理」「タスク設計」「ルールやナレッジベースの整備」など、エージェントを活かしやすい土台づくりにチームとして取り組むことです。
信頼できるAI生成コードに向けて:テストと検証の進化
長時間自律的に動くエージェントを本格利用するうえで、最大のテーマは「どこまで信頼してよいか」です。AWSはこの課題に対し、テストと検証の仕組みを強化する方向で取り組んでいます。そのひとつが、Kiroに導入されたプロパティベーステストです。これは仕様書や要件から「満たすべき性質」を抽出し、その性質が破られないかどうかを自動で大量にテストする手法です。
例えばショッピングカートシステムであれば、「どの国からの注文でも、キャンセル時の返金処理が正しく行われる」といった性質を定義し、国やパターンを変えた何千ものシナリオを自動生成して検証することが可能になります。人間のエンジニアが手書きで数ケースのユニットテストを書くのとは異なり、「抜け漏れを減らしやすい」アプローチと言えます。今後は、こうしたテストの自動生成や形式検証のような技術を組み合わせながら、「エージェントが書いたコードをどこまで自動的に保証できるか」が重要なテーマになっていくでしょう。
コード生成を超えて広がる自律エージェントの行き先
今回のフロンティアエージェントの発表は、ソフトウェア開発を起点としつつも、その先にある大きな方向性の一部に過ぎません。AWSは同じイベントで、推論やマルチモーダル処理、会話、コード生成、エージェントタスクに強みを持つ新しいNovaファミリーのモデル群や、独自データを組み合わせて学習できる「Nova Forge」、Bedrock上のオープンウェイトモデルの拡充、Trainium3ベースの新しい高性能インフラなどもまとめて打ち出しています。
Amazon自身が衛星ネットワーク、ロボット倉庫、巨大なECプラットフォームなど、多様な領域でオペレーションを抱えていることを考えると、「コードを書くエージェント」はその入口にすぎないとも捉えられます。長時間自律的に動き、状況から学び続けるエージェントは、将来的にロジスティクスやカスタマーサポート、設備運用など、さまざまな領域に広がっていく可能性があります。
読者の立場で今できることは、「AIに仕事を奪われないようにする」ことではなく、「AIエージェントと一緒に仕事を設計できる人になる」ことです。自分の業務の中で、長時間かけて繰り返している作業や、ルール化しやすい意思決定がどこにあるかを見直してみると、フロンティアエージェントのような自律AIをどう活かせるかが、徐々に具体的に見えてくるはずです。

