re:Invent 2025で見えたAmazonの新しいAI戦略
2025年のAWS re:Inventでは、Amazonが「Nova 2」という新しいモデル群を中心に、AI戦略の方向性をかなりはっきりと示しました。大きな柱は、(1) 自社ハードウェアによる計算基盤のスケール、(2) モデル利用コストの大幅な引き下げ、(3) チャットボット的なアシスタントから、より自律的に動くエージェントへのシフト、の3つです。
ハードウェア面では、第3世代アクセラレータ「Trainium3 UltraServer」が登場しました。3ナノメートルプロセスを採用し、前世代比で最大4倍の速度とメモリ、約40%の電力効率改善をうたっています。また、最大100万個のTrainium3チップをクラスタとして束ねられる設計で、すでにAnthropicなど一部の顧客がこのスケールを活用し始めています。
さらに次世代の「Trainium4」では、NvidiaのNVLink Fusionに対応する計画も示されています。これは「Nvidiaから完全に離れる」のではなく、Amazon独自ハードとNvidia GPUをハイブリッドで運用できるようにし、コストと柔軟性を両立させようとする現実的な路線だといえます。
Nova 2はどれくらい安い?価格で見るOpenAI・Googleとの違い
今回のNova 2ファミリーは、「Nova 2 Lite」と「Nova 2 Pro」という2系統で展開されます。その戦略の中心にあるのが「価格」です。Amazonは公式な場でOpenAIやGoogleと正面から価格性能を比較し、「同じタスクをこなすなら自社モデルの方が安く済む」というメッセージを強く打ち出しています。
分析会社Artificial Analysisによるベンチマーク試算では、同じテストスイートを実行したとき、おおよその実行コストはNova 2.0 Proが約662ドル、AnthropicのClaude 4.5 Sonnetが817ドル、Google Gemini 3 Proが1,201ドルという結果でした。モデルの性能差を踏まえても、「そこそこ強いモデルを、だいぶ安く動かせる」という立ち位置が見えてきます。
APIレート自体も aggressive です。Nova 2.0 Proは入力100万トークンあたり1.25ドル、出力100万トークンあたり10ドルとされており、大量トークンを消費するチャットサービスやエージェントシステムでは、この差がそのままインフラ費用に跳ね返ってきます。特にPoC段階を超え、ユーザー数が増え始めたサービスほど、Nova 2の価格メリットは無視できません。
性能は「最上位一歩手前」:Nova 2の実力ポジション
では、「安いけれど弱いモデル」なのかというと、そう単純でもありません。Artificial Analysisの内部インデックスでは、Nova 2.0 Pro(プレビュー版)は直近のアップデートで30ポイントほどスコアを伸ばし、他社の先端モデル群にかなり近い位置まで追い上げているとされています。
それでも、OpenAIやGoogleの最上位モデルと真正面から比較すると、推論力や汎用性で一歩譲る場面は残っています。あくまで「トップグループのすぐ下」というポジションであり、「ベンチマークで常に最上位」というわけではありません。
ただし、多くの業務ユースケースでは「トップスコアであること」よりも「十分な品質を、現実的なコストで回せること」が重要です。その意味でNova 2は、「最高性能ではないが、費用対効果の高いメインストリーム候補」として、ちょうど良い落としどころを狙っているモデルと言えるでしょう。
Nova Forge:自社データ前提のAIを作るための新しい選択肢
Nova 2とあわせて注目したいのが、企業向けの新サービス「Nova Forge」です。これは、既存モデルに後から指示やサンプルを与えて調整する“ファインチューニング”だけでなく、モデルの学習段階から自社データを組み込めるようにする仕組みです。
具体例としては、RedditがNova Forgeを使って独自のモデレーションモデルを構築したケースが紹介されています。コミュニティごとの文化や「ギリギリOKな表現」など、一般的なデータセットでは学びづらいニュアンスを、Reddit固有のデータで学習させることで、より実態に即した判定ができるという狙いです。
これまで多くの企業は、「汎用LLM+自社ナレッジをRAGで検索」という構成を基本としてきました。Nova Forgeのように、学習フェーズから自社データを注入できる手段が普及してくると、「自社専用に最適化されたNova系モデルを1つ持つ」という選択肢が、より現実的になっていきます。
音声モデル Nova Sonic 2.0:対話体験を重視したスピーチ・ツー・スピーチAI
音声分野では、「Nova Sonic 2.0」というスピーチ・ツー・スピーチモデルも発表されています。これはテキストを介さず、音声入力から直接音声出力を行うタイプのモデルで、音声アシスタントや通話ボットのようなユースケースを強く意識した構成です。
ベンチマークとして挙げられているBig Bench Audio(1,000問規模の複雑な音声タスクのデータセット)では、Nova Sonic 2.0は正答率87.1%を記録し、GoogleのGemini 2.5 Flash Native Audio Thinkingに次ぐ2位、OpenAIのGPT Realtimeを上回る位置づけとされています。ここでも「トップと拮抗する中上位クラス」というポジションです。
レイテンシ面では、最初の音声レスポンスが平均1.39秒で返ってくるとされ、Gemini側の高性能モデルより約2秒速い一方で、OpenAIの最新システムよりはやや遅いという結果になっています。また、5言語での双方向音声ストリーミングに対応し、入力音声のリズムや抑揚に合わせて話し方を変えられるため、「機能だけでなく、会話体験の質」まで含めてチューニングされている印象です。
アシスタントから自律エージェントへ:開発・運用現場を狙う3つの新エージェント
アプリケーションレイヤーでは、AWSは従来の「質問すると答えを返すチャットボット」から一歩進み、ある程度タスクを任せられる自律エージェントを前面に出し始めています。今回発表されたのは、開発者・セキュリティ・運用にフォーカスした3つのエージェントです。
1つ目の「Kiro」は、リポジトリやセッションをまたいでコンテキストを保持し、バグのトリアージ、コードカバレッジの整理、プルリクエストの下書き作成などを継続的に支援する開発者向けエージェントです。日々の細かい雑務を肩代わりし、「人はレビューや設計に集中する」状態を狙っています。
2つ目の「AWS Security Agent」は、脆弱性診断やペネトレーションテストを自動化することを目的としたセキュリティ専用エージェント、3つ目の「AWS DevOps Agent」はCloudWatchやDatadogなどのメトリクスを監視し、障害発生時に自律的に原因を絞り込むことを目指す運用向けエージェントです。
AWSは、これらのエージェントが数カ月単位で企業ごとのパターンを学習していくと説明しています。一方で、本当に人の工数削減につながるのか、それとも新たな監視・承認プロセスを生むのかは、これからの本番運用のなかで見極めていく必要があります。
開発者・企業はNova 2をどう位置づけるべきか
ここまでの内容を踏まえると、開発者や企業がまず考えるべきポイントは、「自分たちのユースケースで何にコストが乗っているか」です。大量トークンを消費するチャットボット、文書要約、レポート生成、バッチ処理などでは、Nova 2 Proのような“コスパ枠”モデルを第一候補に置くメリットが大きくなります。
一方で、AIそのものがサービスの価値の中心にあり、「推論力の差がそのまま競争力の差になる」ようなプロダクトでは、OpenAIやAnthropic、Googleの最上位モデルとNova 2を横並びにして、タスクごとの品質とコストを定量的に比較するのが現実的です。特定のユースケースだけは他社の最上位モデルを使い、それ以外をNova 2で回すというハイブリッド構成も十分に考えられます。
既にAWSを主なクラウドとして利用している組織にとっては、Nova Forgeによる自社データの取り込みや、Nova Sonic 2.0を使った音声インターフェース、KiroやDevOps Agentなどのエージェント群を組み合わせることで、「テキスト・音声・運用を含めたAIスタックをAWS内で完結させる」構成が取りやすくなります。この一体感は、他社プラットフォームとの大きな違いになっていきそうです。
まとめ:Nova 2は「コスパ重視の現実解」になりうるか
今回の発表をまとめると、AmazonはTrainium3/4による大規模コンピュート基盤を整えつつ、Nova 2ファミリーでAIモデルの利用単価をぐっと下げ、そのうえでNova Forgeや各種エージェントをセットにした「AWS内完結のAIスタック」を提示した、という構図になります。
モデル単体の性能だけを見れば、Nova 2は依然としてOpenAIやGoogleの最上位モデルを追う立場ですが、十分に高い実力と、攻めた価格設定、自社データを前提にできる学習サービス、音声特化モデル、さらに開発・セキュリティ・運用を支援するエージェント群を組み合わせることで、「コストと実用性のバランスが取れた現実解」としての魅力は着実に増しています。
AI導入を検討するうえで重要なのは、「常に最強モデルを選ぶ」ことではなく、「自分たちのユースケースに対して、どの組み合わせが最も費用対効果が高いか」を見極めることです。Nova 2は、その候補のひとつとして今後ますます存在感を増していくはずですので、早い段階で一度は検証環境に組み込んでおく価値があるでしょう。

